◆麦声(むぎごえ)の歌◆

“さくら”“おじいさんの時計”朗々と謳われる昨今の歌。どうしてあんなにも情感たっぷり
歌えるのでしょう。それより一体何を食べるとあんないいお声が出るのでしょう。

 先頃ご来店の横内正さま、水戸黄門の初代格さん。実に素敵な声の持ち主なのです。
飲み物をお持ちしながら「この方はもう麦飯は召し上がらない」唐突にそう思ったのは
その低く澄んだお声で遥か昔を思い出したからなのです。

 その日、風邪で寝込んだ私の為に貸本片手に帰った姉が、「店にフランク永井が・・」
興奮気味なのです。
「麦飯は食べ飽きたのでもう食べない、あの頃を思い出すから」そう言って笑っていたと
言うのです。戦後、育ち盛りを麦飯で耐えた世代に麦飯が苦手な方が多いのです。
当時フランク永井と言えばはそれはもうー大変でした。低い哀愁に満ちた歌声・・・、
日本中が聞惚れたのです。
でもその時風邪でかすれた声の私の興味はフランクさんの来店や待ち焦がれていた
連載漫画にも増して「ん!麦飯を飽きるほど食べるといい声になる」・・・その事なのでした。

 純白の白米世代、朗々と謳われる昨今の歌。いや待てよ、すでにパンが主力の麦世代。
とすれば哀愁に満ちたお声も、朗々と響くお声も、いずれも麦の成せる技?

 では幼きあの日のかすれしお声も・・・。

「最後に麦とろ」ほどなくお連れ様がそう仰(おっしゃ)るのです。
まさかあの方、いまだにあの声研磨中!
 暫くして、麦飯歴なら負けない私、弾んだ心で精一杯澄んだお声で。
「麦飯とろろお待たせしました〜」

 後で姉が言うのでした「あんた声がひっくり返っとったよ」

「麦声に聞き惚れん かすれし声のひっくり返り 大事なサイン頂き忘れて」