◆ももえなす震えし心◆
青菜の味噌汁、古漬け沢庵に、サット一振り。いいですね。
むか〜し、まだ旨味調味料の消費がそれほどでもない時代、あるメーカーで容器の穴を
大きく拡げることにしたのだそうです。効果抜群、一振りで二倍、三倍。
ちょっと旨すぎるお話ですが真為の程は存じません。
さて当店美熊野(みくまの)牛ロース。人気の秘密は昔のお肉のあのお味。
産地み熊野は万葉歌人が《みくまのの うらのはまゆふ ももえなす・・・》と詠った
あの浜木綿(はまゆう)の里? だとすれば、花言葉“純潔”もこのお牛にピッタリです。
その浜木綿もこの華の前には色褪せ萎(しお)れることでしょう。
そんなあの方にご来店いただきました。
旅先でのお仕事、遅めの夕食、お疲れに違いないのです。こんな時くつろいでお召し
上がり頂くには、出来るだけ普段のお客様同様のおもてなし。そう思うのです。
賑やかに食事を終えられ、お連れ様とのご歓談も一段落。
今ならと、サインをお願いに上がりました。
「麦とろも本当に美味しかった」と仰って、お好な言葉“ゆめいちず”と色紙に書き終え
られると、ふと思い出されたのか「塩タンのお塩がちょっと・・・」と呟(つぶや)かれ、
ひときわニッコリなさったのでした。
唸りを上げて飛び交う弾丸をスローで再生したかのようなシャープなCGは、当時存在
しませんでしたが、それを彷彿とさせる“一振り”がその時私の脳裏を過(よ)ぎったのです。
知らぬ人無き銀幕の華。その華の上品で気さくな笑顔を前にして、激しく、震える!
震える心で一振りの塩。“パララッ、パララパララッ”・・・普段のお客様にひと味異なる
おもてなし。
厨房さん、多くを語らず。青菜の時代、塩で萎れて、しまった!お話です。
今はもう古漬けの感ある彼にしてみれば、頭掻きつつ「今頃なんば・・・」と多少異論
もあるのでしょうが、あの時の震えし心、懐かしく、否定する気はないのです。
むか〜し、昔、あの方に・・・サゆリ賛歌
注):美熊野牛ロース メニュー抜粋
稀少な未経産黒毛和牛。コクがあるのにあっさり系のお肉です
注):柿本人麻呂の歌 ネット検索
《みくまのの うらのはまゆふ ももえ(百重)なす こころはもえど ただにあはぬかも》
楽楽勝手解釈
み熊野ん浦ん浜木綿んごつ どぎゃんもこぎゃんもならんごつ 好きばってん 巡り逢うとは とてんが難しか
(どうしようもない程 好きなのだが 巡り逢うのはとても難しいことだ)